エピソード12
学部内にはサークルの部室がならんでいる地下室があった。いろいろなサークルの部室が通路を挟んで両側にならんでいた。荷物やゴミが散乱する、決してきれいとは言えないその通路の奥にJAZZ研究会の部室はあった。「行けば判るよ。ウッドベースが目印!」という先輩の言うとおりであった。JAZZ研究会の部室の扉には、使い古されたウッドベースの表板だけが貼り付けてあった。
ノックをして中に入ると、次の瞬間、哲男は言葉を失った。真っ黒なのである。壁、天井そして窓のガラス部分までが黒く塗りつぶされていた。地下でも窓側には吹き抜けがあり、少しは光が入ってくる様になっているのだが、あたかも光を拒絶するようになっている。室内には小さな冷蔵庫があったが、この白物家電も真っ黒に塗られていた。何の意味があるのか判らないが、床と椅子以外はとにかく黒かった。天井には蛍光灯がちゃんとあったが、天井の黒さに光がのまれて薄暗くなっていた。
唖然としていると表情からそれを察したらしき先輩が、一言声をかけてきた。「ズージャはロイクの音楽だから…」全く意味が分からなかった。でも、そのだら~とした雰囲気は、大学のサークルらしいという理由のないイメージに一致していた。
先輩達と話している内に、その場の雰囲気にも慣れてきたので質問をしてみた。「どんな感じで練習するんですか?」そこにいた先輩達はサークルの運営内容について説明をし始めた。サークルは部員同士で演奏したい音楽を決めて、必要なメンバーを部員内で調整してバンドにするという形式で、全員で一緒に演奏することは無いという。バンドも所謂4ビートだけではなく、フュージョンなどをやるバンドもあった。中にはあまり演奏しないで(酒)飲んだり(麻雀)うったりばかりの人も居るらしかった。
「君は、何をやりたい?」と聞かれて、
「やっぱり、JAZZらしいのがやってみたいです。」と答えた。
4ビートというのが、所謂ストレート・アヘッドというジャズのリズムパターンを意味しているという事は、この時点では全く知らなかった。
「じゃ、4ビートだね…」と先輩が言った。「4ビートのバンドは今ひとつしかないから、そのバンドに入れてもらえばいいよ。5年生が仕切っているから、話ししておくよ。」
「お願いします。」哲男は答えた。
先輩は「授業終わったら、部室に顔出すようにしてね。多分誰か居るから。4ビートバンドの練習日も居る人に聞いてみて。」と注意事項を伝えてくれた。
コンピュータも普及していない、携帯電話など存在しない時代である。確実な連絡はフェイス・トゥー・フェイスが基本だった。
翌日、一応楽器を持って部室に行くと、早速練習しようと言う話しになった。
茶室と呼ばれる練習室が、たまたまその日使えることになっていたらしい。譜面がないと吹けない旨を伝えると、その場でささっと簡単に譜面を書いて渡してくれた。基本の曲として渡されたのはインFのブルースと言うらしく「Straight No Chaser」と曲名が書いてあった。8分音符だらけのその譜面は、教則本の音階練習の譜面のように見えた。サックスを手にした先輩が、譜面の見方を教えてくれた。
「8分音符で書いてあってもJAZZの場合は、3連符の最初の2つがタイで結ばれているように演奏するんだ。」なるほどと思った。記譜通りではやっぱり音階練習になってしまうが、3連符イメージで演奏するとJAZZらしい雰囲気になることが判った。そして12小節しかない譜面を、どの様なルールで演奏するものかも教えてくれた。音符の書いてある部分をリフといい、曲の最初と最後に演奏する。その間は各楽器のアドリブソロ、最後のアドリブはベースで、その後4バース…最初はなかなか判らなかったが、何回かやる内に理解できようになっていった。問題はアドリブソロだった。先輩達も適当にと言うだけでアドリブについては何も教えてもらえなかった。

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